クマガイソウとは
名称:クマガイソウ(熊谷草)
学名:Cypripedium japonicum
分類:ラン科 アツモリソウ属
分布は北海道の石狩地方以南から九州で、国外では朝鮮、中国にあります。
北海道レッドリストでは絶滅危惧種、環境省では絶滅危惧Ⅱ類に指定されている個体数の多くない花です。
北海道外では竹林や杉林の林床で見れられる事が多いそうですが、竹や杉が少ない北海道では低地から低山の明るい広葉樹林内で見られます。
花期は5月下旬~6月。
名前の由来
特徴的な大きな唇弁を、平安時代の武将「熊谷直実(くまがいなおざね)」の背負った母衣(ほろ)に見立てたのが名前の由来です。
※母衣(ホロ)とは、騎乗時に馬が駆けると長い布が膨らみ背面からの流れ矢を防御した武具のこと。
これに対し、一ノ谷の戦いで熊谷直実が討った平敦盛(たいらのあつもり)が名前の由来になったのが、「アツモリソウ」です。
白旗は源氏の旗印、赤旗は平家の旗印で、白い花のクマガイソウ、赤い花のアツモリソウ、とセットで名付けられました。
クマガイソウは日本全土に広く分布し、その特徴的な見た目から、「キンタマバナ」、「キツネノキンタマ」、「フグリバナ」といった地方名もあります。
現在でこそ貴重な絶滅危惧種の花ですが、このちょっぴり下品なネーミングを考えると、昔はどこにでも見られた普通種で、もっと庶民的な花だったのかなと想像してしまいます。
クマガイソウの特徴
クマガイソウは地下茎が伸びて、所々から茎と葉を出すので、良く群生している様子が見られます。
地下茎の全長は長く、1m以上になる事もあります。
基部には鞘状葉があり、茎に白い毛が密生するのが特徴的です。
開花前の時期でも、その特徴的な姿は一目見たらクマガイソウだとわかります。
花のつぼみは、2枚の扇形の大きい葉と1枚の小さな苞葉に包まれています。
葉は扇子の様に、互い違いに折りたたまれている様子が見られました。
徐々に葉が展開していきます。
大きな葉は2枚が対生し、「折りたたまれた放射状の壁」が目立ちます。
2枚貝のような葉の形がとても特徴的ですが、クマガイソウの生育する林内で効率よく光を集める為に合理的な形のようにも思えます。
同じアツモリソウ属の「ホテイアツモリソウ」の葉とは似ていなく、サイズこそ違いますが同じく葉が対生する「コアツモリソウ」と似ていると感じました。
花期のクマガイソウを見て行きましょう。
白い袋状の唇弁が良く目立ちます。
正面のアップです。
ラン科の花は、3枚のがく片、3枚の花弁で構成されています。
側花弁2枚と唇弁1枚で、3枚の花弁。
アツモリソウ属の花は、2枚の側がく片が合着して1枚になるので、背がく片1枚、合がく片1枚という構成になります。
横から見たアップです。
先ほどわかりにくかった合着した側がく片が唇弁の後ろに見えています。
花柄子房の毛の濃さも良く目立っています。
ラン科の花は、この花柄子房の部分が実になります。
後述しますがこのクマガイソウは結実率が低く、地下茎による栄養繁殖に依存している個体群が多いとの事です。
2023年に、地域ごとに異なる繁殖方法で増えていることが福島大学の研究グループの調査でわかりました。
出典:福島 NEWS WEB
今回見つけたこの個体群は栄養繁殖なのか、種子繁殖なのか、機会を見て結実率調査に行きたいと思います。
次は別角度で花のアップを見て行きましょう。
大きな袋状の唇弁には紫褐色の模様があり、花の正面部に色のついた箇所が多いのがわかります。
アツモリソウ属の花はポリネーター(訪花昆虫)をその特徴的な袋状の唇弁(しんべん)に誘い込みます。
クマガイソウのポリネーターはマルハナバチの女王という事が分かっています。
クマガイソウの花は蜜(報酬)を作る事は無く、訪花昆虫を騙して花の中に誘い、花粉を運んでもらう戦略を取っています。
後述する研究によると、マルハナバチの女王の営巣習性を利用して、唇弁の内部を造巣場所と間違えさせて誘導している可能性が示唆されていました。
花の中心部に入った女王バチは、花の上部にある2か所の出口を出る際に、強制的に頭や胸に花粉塊(葯から出る)を付けられます。
下記の出典の研究によると、働きバチでは体のサイズが合わず(花粉がくっつかない)、女王バチのサイズだとうまく頭や胸に花粉を付ける事が出来るようです。
また唇弁の中と2か所の出口付近になる側花弁基部には、たくさんの毛が付いています。
マルハナバチはこの毛を手がかりにして、花をよじ登って脱出します。
出典:福井県で確認されたクマガイソウの生育地と個体数(2014~2022)の記録
クマガイソウの唇弁には、透明な点がいくつか見られます。
この株は開花前のつぼみだった事を確認してから、5日後に撮影したので、花が傷んで透明になったという訳ではなさそうです。
花の内部を明るくする為なのか、訪花昆虫を出口へ誘導する為なのか、何かしら理由がありそうです。
ここの個体群では、花が付いていない葉もたくさん見られました。
あまり明るくない林床なので、花をつける栄養を貯めるのに時間がかかりそうな環境です。
人間による盗掘や環境の変化で、見られる機会の少ない花になっています。
今後もこの自生地の環境が変わらない事を祈るばかりです。
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