自然観察・コラム

今、日本で一番困った動物『ニホンジカ』の生態と問題点

北海道民にはなじみの動物『エゾシカ』ですが、現在、日本全土で『ニホンジカ』の問題が発生しています。

今回は、ニホンジカの食害が与える影響や生態について掘り下げてご紹介したいと思います。

ニホンジカとは

北海道民にはエゾシカでおなじみのニホンジカですが、日本では下記の7つの地域亜種に分類されています。

・エゾシカ(北海道)
・ホンシュウジカ
・キュウシュウジカ
・マゲシカ
・ヤクシカ
・ツシマジカ
・ケラマジカ

ニホンジカは、ベルクマンの法則(恒温動物においては、同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく、近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する)がぴったり当てはまります。

オスの体重で比べると、北海道のエゾシカは140㎏ほどにもなりますが、慶良間諸島のケラマジカは30kgと地理的な変化が大きく出ています。

シカの生態・特徴

大まかに、下記にシカの生態、特徴をまとめてみました。

群れで生活する

・オスとメスは別々に群れをつくる
・メスの群れは母系集団(群れで生まれたメスとその母親)
・オスは1~2年で群れから独り立ちし、オスのみで群れを作る
・なわばりをもたず、群れで移動する

シカを見かける時はほとんど1頭という事は少なく、群れで行動しています。

また近年はシカの個体数も増え、市街地にはぐれて侵入してきているケースもあります。

2021年の秋頃、札幌市中心部の車通りの多い幹線沿いで乗用車と接触しているエゾシカを見かけました。

シカの食事量と食べる種類

・草食動物で、一頭あたり1日に3kg~5kg以上食べる大食漢
・主食はイネ科植物、木の葉、ササ類、堅果など
特定の植物以外はほとんど食べます。餌の少ない時期は、落ち葉や木の皮すら食べます。
・群れで行動するため、辺り一帯の草を食べつくし裸地化することもある。

シカは食べる植物の種類がとても広く、人間にとっては毒の「ベニテングダケ」なども好んで食べる事がわかっています。

知人から、毒のあるスズランを食べたケースも聞いた事があるので、本当になんでも食べてしまう印象の動物です。

繁殖力の強さ

・栄養状態が良ければ、1歳でも妊娠可(30%ほど)。2歳以上は妊娠率8割ほど。(岩手県五葉山での研究データ)
・一夫多妻性で、優位なオスが複数のメスと交尾する

昔は乱獲によって個体数が激減した時代もありましたが、1947年から1994年には主にメスの狩猟を厳重に規制する保護政策によって、現在では増えすぎて困る程になってしまいました。

シカが急激に増えたのも、1歳から妊娠が可能という繁殖力の強さが要因です。

高い身体能力

・跳躍力が高く、2mほどの柵であれば飛び越えられる。
・足が細く、雪に弱い。(大雪の年に、シカの個体数が著しく減った例もあり)
・数kmから数十kmを移動することもできる。

大雪でラッセルが大変そうなエゾシカ

シカは身体能力が高いのですが、雪の上を歩く時はその細い足が埋まってしまい、上手く歩くことが出来ません。

このオスのエゾシカは、私たち人間を見つけて逃げる行動をしましたが、雪の為かゆっくりとしたスピードでした。

シカのフィールドサイン

山を歩いていると、シカの痕跡を見る機会が多くあります。

筆者が北海道在住なので、山で見られるエゾシカの痕跡をご紹介したいと思います。

冬は食料となる植物が枯れたり、雪の下に隠れてしまう為、ササ樹木の樹皮木の若芽などを食べるようになります。

この写真では、首の届く範囲の樹皮が綺麗に食べられているのが分かると思います。

この木はぐるっと一周、全て樹皮剥ぎされてしまったので、枯れてしまう運命にあります。

先ほどの写真とは別の樹ですが、エゾシカの歯の跡がしっかり残っています。

北海道ではハルニレの樹皮を好んで食べますが、他にも様々な種類の広葉樹の樹皮を食べます。

エゾマツやトドマツなどの針葉樹はあまり食べませんが、イチイは食べるようです。

日高地方南部で見かけたエゾシカの寝床です。

シカは見通しの良い尾根上を寝床で使う場合が多いです。

この写真は不自然に植生が剥げているのと、良く見るとシカの糞や落角が落ちているので分かりやすいと思います。

積雪期は体温や重さで雪が沈むので、シカの寝床がより見つけやすいです。

この場所は雪の多い大雪山国立公園内でしたが、比較的積雪が少なくシカにとって居心地の良さそうな場所でした。

シカの足跡も分かりやすい痕跡の一つです。

雪面に蹄(ひづめ)の跡がくっきり残るのが特徴です。

北海道では蹄を持つ他の野生動物がいないので判断に迷いませんが、本州の方はイノシシやカモシカなどは足跡が似てるので判断が難しいです。

エゾシカの痕跡が多い所では、雪面に獣毛が落ちている事もあります。

これは灰褐色の毛なので、エゾシカの冬毛だと判断出来ます。

これはエゾシカの角研ぎ跡です。

鹿の角研ぎは、角の先端を下から上に擦り上げるようにするので、写真のように乱雑で細長い跡が残るのが特徴です。

ヒグマの爪痕

エゾシカの角研ぎ跡を、たまにヒグマの爪痕と勘違いする方もいますが、ヒグマの爪跡は木を登る時に付くのでこのように乱雑にならず、幹の上の方にも跡が残ります。

またシカの角研ぎ跡の場合は、角が届かない高い場所に跡が付くはありません。

ここは冬季にエゾシカの密度が高い支笏湖北岸です。

見ての通り、首の届く範囲内のササが食べられているのが分かります。

エゾシカは上あごに歯が無く、下あごの歯と上あごで植物を挟み、ちぎり取るような食べ方をします。

食べられた笹の断面が、ちぎったようにギザギザしているのが見てわかると思います。

シカの糞は、俵型になるのが特徴で、比較的目にする頻度も多いと思います。

よく似たエゾユキウサギやニホンノウサギの糞は球形なので、糞の形状が見分けのポイントです。

食事と植生に与える影響

シカが好む植物、嫌いな植物

シカが好まないヤマシャクヤク

シカが高密度化した地域では、植生がガラッと変化します。

・シカが嫌う植物が増え好む植物が減る(採食圧に適応した種は増える)

【北海道 洞爺湖中島の例】
・林床にほとんどササが無く、道内最大のフッキソウ畑になっている。
・その他、ハンゴンソウやヤマシャクヤクなど、シカが食べない植物が多く見られる。
・ススキ、エゾニュウ、オオイタドリ、ヨブスマソウは全て食べられ、消失してしまった。

【宮城県 金華山の例】
・シカが好むシバと、食べないメギが多く目立つ植生
ex)芝は食べられても、高い生産力でまた生えてくるので、被食耐性がある。
・森林の草地化と、草地におけるアズマネザサの減少とシバ群落の拡大

どちらも、シカが高密度化しやすい島での事例です。

シカは木の実から芽吹いた実生を食べてしまうため、『森を食べてしまう』
ともいわれます。

シカが増えると、植生が変わるだけでなく、そこに住む昆虫や鳥類などにも影響があります。

生息昆虫が変わる?鳥の種類が変わる?

シカが高密度化すると、以下のような影響があると言われています。

・森林の草原化⇒森林性の鳥が減り、草原性の鳥が増える。
※下層植生が減るので、藪を好むウグイスやコルリは減る。

・シカが増える⇒シデムシ(死体を餌にする)やセンチコガネ(糞虫)が増える

・林床の裸地化⇒地中の乾燥化や、温度が高くなる⇒ヤスデオサムシなどが減る

裸地化と土砂崩れへの影響

日本の狭く急峻な国土で、土砂崩れの防止に一役買っているのが、ササの仲間たちです。

北海道の山ではやっかいなネマガリタケが登山道を塞いでいることや、マダニの温床となっているので、登山者からは嫌われている存在ですが、ちゃんと彼らも頑張って地面を支えている縁の下の力持ちなんです。

ササの仲間は広く地下茎を伸ばして土壌を支え、土砂崩れを防止することに繋がっています。

地面が裸地化すると、雨が直接地面に当たってしまい土壌流出が加速していきます。

下層植生は、雨から土壌を守ることにも役立っているわけです。

高山植物への影響

高山植物はとりわけ影響力が大きく、高山植物の群落自体が絶妙なバランスで保たれているものも多いため、食害の影響が大きくなりやすいと言われています。

温暖化や小雪で、シカがどんどん増えてきてしまい、もともと平野部の草原を好んでいたシカも森林や高山帯まで進出してきました。

関東平野では都市部の開発も、大きな要因の一つでしょう。

シカによる高山植物の食害は、日本全国の山岳地域で問題となっています。

ミヤコザサとの相性

北海道内では主に、ササ属のチシマザサ(ネマガリタケ)クマザサミヤコザサと、ササモルファ属のスズタケの4種に分けられます。
※厳密に分けるともっと細かくなります。


北海道ササ分布図 概説:https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2039016798.pdf

分布は主に積雪と関係しているのですが、背の高いチシマザサは多雪地帯の日本海側に主に分布しており、太平洋側の小雪地域にはミヤコザサやスズタケが分布しています。

北海道内のエゾシカの分布も雪の少ない道東の方が個体数が多くなっています。
※エゾシカの西部地域への進出は、1990年代以降に分布拡大してきました。

ミヤコザサとエゾシカの分布は似ているのですが、ミヤコザサはシカへの被食耐性も持っているのが特徴です。

エゾシカにとって、冬の食料はササが主食となるのですが、ミヤコザサ毎年新しい稈(かん)※茎のこと を出すため、シカに食べられても高い生産力で、シカに対抗することが出来ます。

落葉広葉樹林が多い北海道の森で、常緑で栄養のあるササの葉は、エゾシカにとって貴重な冬の食料源となっています。

分布の似ているスズタケは、稈(かん)を出すサイクルが4~6年で、シカに食べられると大規模に枯れてしまうこともあります。

地域の取り組み

ニホンジカの問題は、農業被害だけでも年間200億円程度で推移しており、先ほど挙げた植生への影響や、車両との衝突による人身事故など、様々な問題を抱えています。

日本中の様々な地域で、個体数調整(主に狩猟や罠での捕獲)、被害防除(柵やネットを利用)、や利活用(ジビエ料理などへの利用)を行っています。

エゾシカジビエ利用拡大推進事業

北海道では狩猟者を対象に、エゾシカを食用として利用する為の講習会・勉強会を開き、また搬入経費の支援を行っています。

リンク:エゾシカジビエ利用拡大推進事業

またエゾシカ猟との関連で、ハンターが現場に放置した残滓(ざんし)を食べた猛禽類(オオワシやオジロワシ)が鉛中毒になる問題も発生しており、こちらも同様に悩ましい問題となっています。

現在では、猟銃への鉛玉を利用は禁止となりました。

リンク:鉛弾の所持の禁止について

シカの食害写真集

日本オオカミ協会の方が、クラウドファウンディングで行っていた活動で、シカの食害被害の現状を知ってもらうために、写真集を出すという物でした。

出典:https://readyfor.jp/projects/shikatoookami

シカの増加問題の解決策として、オオカミの再導入の案がたびたび挙げられます。

アメリカのイエローストーン国立公園オオカミの再導入によって、生物多様性が増えたことが報告されています。

リンク:オオカミの再導入(Wikipedia)

日本での導入の議論は賛否両論あり、なかなか進んでいないのが現状です。

まとめ

ハンターの高齢化などもあり、『ニホンジカ問題』は今後も継続して課題となっていくと思います。

当ブログは、日本人の環境リテラシーを向上させることも目的としております。

近年の台風&大雨での土砂崩れ災害にも繋がる問題なので、都市部の方も対岸の火事と思わず、しっかりと当事者意識を持って考えて欲しいと思います。

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