登山・ハイキング

登山に熊スプレーは必要なのか?

近年はクマとの接触事故が増えてきており、世間的に熊スプレーへの関心が高くなってきています。

ガイドとしていつも持ち歩いている熊スプレーですが、非殺傷性ながらとても危険な道具です。

今回は熊スプレーの事故事例や、その有用性などについてまとめてみましたので、ご興味のある方はご覧いただければと思います。

熊スプレーの事故事例

日本でも熊スプレーが普及するにつれて、近年は事故が増えてきた印象です。

以下の事故事例からも保管方法使用方法を一歩でも間違えると、危険な事故につながるというのが判ると思います。

2019年北海学園文化棟部室内での事故

北海学園大学の異臭騒ぎ クマスプレーが原因か
2019/10/10(木) 18:41 掲載

札幌の北海学園大学で、学生5人がのどや目の痛みを訴えて病院に搬送された異臭騒ぎは、クマよけスプレーが原因とみられることがわかりました。
9日午後6時半ごろ、札幌市豊平区の北海学園大学豊平キャンパスで、サークルの部室が入る建物の中にいた学生らがのどや目の痛みを訴え、およそ100人が外に避難し、5人が病院に運ばれました。大学によりますと、山岳系サークルに所属する学生が「部室の机にあったクマよけスプレーをロッカーにしまうときに、スイッチに少し手が当たってしまったかもしれない」と、大学の職員に伝えたということです。警察はクマよけスプレーが原因とみて当時の状況を調べています。

引用:HTBニュース https://www.htb.co.jp/news/archives_5732.html

熊スプレーを持っている方はこの報道に違和感を感じたと思いますが、通常はストッパーがついているので、少し手に当たったぐらいでは噴射されません。

考えられるのは、

・保管時にストッパーをつけていなかった。
考えづらいですが、危険な保管状況です。

・熊スプレー缶自体が劣化して破裂した。
1本1万円で、使用期限3~5年と高価な買い物なので、先輩からのおさがりで古いスプレー缶が部室内に残っていたのでは?と推測します。

何かの拍子に缶がぶつかり、破裂した可能性はあると思います。

2019年新穂高ロープウェイ内での噴射

新穂高ロープウェイで異臭 クマよけスプレー破裂か
2019/3/19 9:46

18日午後3時10分ごろ、岐阜県高山市奥飛騨温泉郷神坂の「新穂高ロープウェイ」の職員から、「ゴンドラ内で異臭がし、気分が悪くなった乗客がいる」と110番があった。約10人が体調不良を訴えたが、すぐ快方に向かい、搬送された人はいなかった。高山署は、乗客が持っていたクマよけスプレーが破裂した可能性があるとみて調べている。
同署によると、当時、ゴンドラは鍋平高原駅から麓側の新穂高温泉駅に向かう途中で、客43人と男性ガイド1人が乗っていた。ゴンドラのドアの内側に黄色い液体が付着しており、スプレーが気圧の変化で破裂した可能性があるという。
新穂高ロープウェイのホームページによると、新穂高温泉駅と最上部にある西穂高口駅の標高差は約千メートル。
周辺には一時、救急車のほか、ドクターヘリも駆け付けた。
〔共同〕

引用:日本経済新聞

過去には大雪山系の黒岳ロープウェイ内でも同様の事故がありました。

特に混雑時のロープウェイではぎゅうぎゅう詰めで乗る事もあるので、クマスプレーはザックの中に入れる配慮が必要です。

ザックなどにぶら下げていると、人にぶつかった拍子にストッパーが外れる事もあるので、注意が必要です。

2018年Amazon倉庫内の噴射事故

アメリカのニュージャージー州にあるアマゾン倉庫内で、熊スプレーが噴射されて、24人が病院に搬送されました。そのうち1名は重傷とのことです。

3階の倉庫内の自動で動く機械が熊スプレー缶に当たり、破裂したことが原因のようです。

これは想像するだけでも大惨事ですね。


The Washington Post:Bear repellent accidentally discharges in Amazon warehouse, sickening dozens of workers

またこの事故をうけて、Amazonでは危険物専用の配送センターを稼働させるみたいですね。

WIRED:Amazon Is Building Special Warehouses for Hazardous Items

2013年岐阜県小学校での誤噴射

教諭、ハチにクマ撃退スプレー 岐阜、児童36人搬送

2013/6/7付

7日午後2時5分ごろ、岐阜県富加町立富加小学校(同町滝田)の2年生の教室で、担任の男性教諭(29)がスズメバチ1匹を撃退するためクマ撃退用スプレーを噴射した。この教室の2年生と、隣接する教室の4年生の計36人が喉の痛みや吐き気を訴え、病院で手当てを受けた。このうち4年の女児(10)が経過入院した。いずれも軽症という。
加茂署によると、教諭は授業中に教室にハチが入ってきたため、職員室から殺虫スプレーとクマ撃退用スプレーを持ち出した。殺虫スプレーを使い切ったため、クマ撃退用をハチに向けて噴射した。
スプレーの成分は、トウガラシの辛味成分として知られるカプサイシンなどで、人体に大きな影響を与えないという。
富加小の堀部千治校長は「子どもや保護者に心配を掛け、大変申し訳ない。今後、このようなことがないようスプレーを保管していく」と謝罪した。
小学校によると2008年ごろ、約1キロ離れた山間部で数回、クマの目撃情報があり、職員室にクマ撃退用スプレーが用意されていたという。
〔共同〕
引用:日本経済新聞

職員室にクマスプレーがあったこと自体は問題では無いと思いますが、正しい知識を身に付けてないと、このような事故になってしまいます。

熊スプレーの成分・効果について

熊スプレーは催涙スプレーの一種で、主成分はOC剤(Oleoresin Capsicum)と呼ばれる唐辛子から抽出される辛味成分です。

目や口、鼻などの粘膜に付着すると神経を刺激し、焼けるような激しい痛みを感じます。

また対人間では皮膚の薄い部位(顔や首など)にも効果が強く出ます。

熊スプレーの強さは、SHU値(Scoville Heat Units)で表され、辛味の強さの度合いを数値化したものです。

大まかに、SHU20万以上の物は、ヒグマ、グリズリー、ホッキョクグマ等の対大型動物用SHU20万以下の物はツキノワグマ、野犬、人などの、中・小型動物用と分けられるそうです。

ちょっとややこしいですが、上記の数値は軍事用の数値で食品用の1/10で表示されています。

これについては、下記にリンクを張っている日本護身用協会さんの記事が詳しいので、ご興味のある方は見てみて下さい。

日本護身用協会:熊よけスプレー、ツキノワグマ専用の推奨スプレー - 日本護身用品協会

結局熊スプレーは必要?

以下の理由から、普通に登山を楽しむ分には熊スプレーは必要ないと思います。

・使用頻度が限りなく低い
普段ガイドとして持ち歩いていますが、実際にヒグマに対して使ったことは一度もありません。

ヒグマに対する最終手段と、お客様を安心させる為に持っていますが、一般の方はほとんど不要でしょう。

クマに対して自分の居場所を知らせるホイッスルや、熊鈴の方がよっぽど有用だと思います。

・使用期限が短く高価
日本国内で出回っているものは、使用期限が3~5年、値段は1本1万円もします。

また可燃性ガスで危険物なので、飛行機では預け荷物、手荷物ともにNGです。

・処理する手間がかかる
ほとんどの方が使わないまま使用期限を迎えると思いますが、中身を空にしてから捨てなければいけないので、結構めんどうです。

人気の無い場所で、無風状態で、自分にもかからないような場所で処理する必要があります。

・誤噴射事故が多い
最初に挙げた事故事例の通り、熊スプレー自体は危険な非殺傷性武器で、使い方を誤ると大変な事故になってしまいます。

また対人用の催涙スプレーは水溶性なのに対し、クマスプレーは油溶性なので、一度付着すると効果が長く持続します。

カナダでは利用に際し、細かい使用制限や違反時の罰則などの規定がありますが、現状日本では法の整備が追い付いてない状況です。

熊スプレーが必要な人

以下のような人はクマスプレーの購入を検討してもいいかと思います。

・仕事で山に入る方
登山ガイド、林業、調査業務など、仕事で山に入る頻度が高い方は持っていても損は無いでしょう。

・山菜取りの方
山菜採りが目的の方は、登山道から外れて藪の中に入っていったりする機会も多いので、クマとの事故も多いです。
クマの方も気づかずに、ばったり出会ってしまった時が一番危険なので、クマスプレーを携帯する価値はあると思います。

・異常個体のいる山域に入る方
クマにも個体差があります。穏やかなクマもいれば、好奇心旺盛なクマもいます。

人間を恐れなくなったクマは恐ろしく、一度人間を襲ったクマは再度、人間を襲う可能性が高いです。

事例⓵:カムイエクウチカウシ山のヒグマ事故
2019年7月11日、29日、ともに単独の男性がヒグマに襲われて、負傷する事故が起きました。

北海道森林管理局、北海道警察、中札内村は登山自粛を強く求めています

カムエクは200名山で北海道外からの入山も多く、クマが駆除されない限りは同様の事故が起きる可能性が高いと思います。

事例⓶:十和利山熊襲撃事件
2016年の秋田県で発生した、戦後最悪の獣害事件です。

山菜採りで入山した人が次々とクマに襲われ、4人が死亡、3人が重傷と悲惨な事故になりました。

Wikipedia:十和利山熊襲撃事件

熊スプレーの選び方

日本国内では、北海道にエゾヒグマが分布し、本州以南にツキノワグマが分布しています。

北海道内にお住まいの方は、SHU値20万以上の大型動物用、本州にお住いの方は、SHU値20万以下の小・中型動物用を選びましょう。

また実際の使用時のことを考えると、遠くまで噴射出来るものの方が安心感があります。

カウンターアソールト

アメリカ北西部、モンタナ大学のグリズリーベア研究チームによって、「世界で初めてのクマ対策用唐辛子スプレー」として開発された、実績のある商品です。

迷ったらこれ、といった定番のクマスプレーです。

2005年には、北海道上磯郡上磯町で、山菜採りの夫婦ヒグマを撃退した時にこのスプレーを使用したそうです。

・SHU値32万
・噴射距離9m

※スプレー缶の表示によると、使う機会は無いと思いますがアフリカ象バッファローもOKみたいです。

カウンターアソールト ストロンガー

・SHU値32万
・噴射距離10m

先ほどの通常版より、噴射距離がアップして、容量が増加したものです。

生死がかかっていると思えば、この差はありがたいのかもしれませんが、なんだか微妙な違いです。

催涙スプレー ポリスマグナム4オンス・ファイヤーマスター

こちらの商品は楽天のリンクが無かったので、下記にリンクを張っております。
TMM公式ストア

・SHU値18.1万
・噴射距離9.5m

日本護身用協会がツキノワグマ用として推奨している、催涙スプレーです。

まとめ

最後に個人的な意見をまとめました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

・ほとんどの方は熊スプレーは買う必要無し。無用な購入拡大は事故を招く危険性あり。

・熊スプレーを買うより、ホイッスル、熊鈴などで出会わない努力をしよう。

・もし購入する場合は、使用方法保管方法など細心の注意を払うこと。

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